記者会見から数ヶ月

千早のソロデビューは歌手として一歩一歩を進んでいった。

勿論、ティアラ当時からのファンが着いているので全くの新規デビューとは違ってファンの数は多かった。

少し変わった事といえばティアラの時とは違いファンの年齢層が少し上がっている気がした。

美希目当てのファンが減り千早の歌唱力を求めて来てくれているファンが増えているのだろうと思うと千早は心が躍った。

自分は着々と歌手として成長している。

確かな実感があった。

しかしそれと比例して不満も募っていた。

プロデューサーは確かに良く気がついてくれる、采配も良いしスケジュール管理もしっかりしている。

前のプロデューサーと比べると少し余裕があるようにも見える。

美希のプロデューサーは良く言えば一生懸命、悪く言えばいっぱいいっぱいな所が良く見えていたからだ。

美希P「ハックション!うぃ〜」

美希「どしたの?ハニー。風邪とか?」

一つ不満な所と言えば、千早からするとかなりの慎重派に思えたところだった。

常にライブは全力を出しても一曲分もしくは二曲分程の余力を残す形で終わる曲数であった。

聴かせる為の歌、バラード調の曲が多いのは千早にとって嬉しい事だったがそれでもダンス、ビジュアルナンバーもレパートリーとして加えたかった。

しかしプロデューサーはそれを聞いてはくれるものの汲み取ってくれる事はなかった。

レッスンを終えるとプロデューサーはいつもの様に喫煙所で煙草を吸いながら手帳を熱心に見つめていた。

コンコンとガラス戸を叩くと気付いたプロデューサーが煙草を消して出てきた。

千早P「あぁ、ごめん。気付かなかった」

千早「いえ、次回のライブの曲配分ですか?」
そう言って千早はプロデューサーの手帳を指差した。

千早P「うん、すまないけどまだ期待に応えられそうにないかな…」
いつもの様に謝って見せるプロデューサーに千早は小さく溜息をもらした。

千早「そうですか…」

千早P「…すまない」

千早「理由は…まだ早い、ですか?」

千早P「うん…」

千早「わかりました」
それだけ言い残すと千早は足早に家路に着いた。

シャワーを浴びて何気なくテレビの電源をつけると美希のCMが流れていた。

新曲「涙のハリケーン」 COMING SOON

ついこの間、違う曲をリリースしたばかりの美希がまた新曲を出している。

それに比べ自分は未だに既存の曲を歌い続けている…。

そんなマイナスな事ばかりが千早の頭を駆け巡っていた。


<血と涙>

数日後のライブも問題なく終了を迎えた。

千早「お疲れ様でした」

千早P「お疲れ様、千早」

千早「プロデューサー、この後のお時間は?」

千早P「俺の?…片付け手伝って挨拶して後は何も無いかな?何か話しがあるんだね」

千早「はい、じゃあ待っていても?」

千早P「あぁ、うん。寒いから待ってるならどっか暖かい所で。終わったらすぐ行くから」
流石に千早もプロデューサーの洞察力には驚きを隠せなかった。

重ね重ね美希のプロデューサーとは比べ物にならない程気がついてくれる事に感心していた。

美希P「フ、ハクショィッ!うぇ〜」

美希「どしたの?ハニー。インフルエンザとか?」

事務所にあるボーカルレッスン室で千早はプロデューサーを待っていた。

千早にとってここは最も落ち着ける場所だったからだ。

十数分後、プロデューサーがやってきた。

千早P「まぁ、確かに暖かいんだけどね…ここも」

千早「何か、問題でも?」

千早P「ここなら誰も来ないって事か…防音だしね。で、話しって言うのは…曲配分の事とか…?」
プロデューサーはやはりピンポイントで質問したい事項を言い当ててきた。

千早「そうです」

千早P「そうだよ、ね…うん」

千早「私、何か足りてませんか?」
千早も押し隠さずストレートに疑問を投げかける。

千早P「うーん。足りてないって言うか足りすぎてるというかどっちもって言うのが正直な所かな」
千早の疑問にプロデューサーもストレートに応えた。

千早「どう言う意味ですか…?」

千早P「酷な言い方になるかもしれないけど…自覚が足りてない。そして、美希ちゃんとの信頼関係が足りすぎてる」

千早「なっ!?」

千早P「今までティアラは二人のユニットだった。そう言う面での利点がある。お互いをカバーしあえる事、これは解るね?」

千早「はい…」

千早P「ボーカル面では確かに千早の方が上だよ。千早が美希ちゃんをカバーしてたのも確か」

千早「…」

千早P「じゃあ聞き返すけど美希ちゃんが千早のボーカル面をカバーしてなかったと言い切れるかい?」

千早「…」
プロデューサーの言う言葉は至極最もな話しだった。

千早「…じゃあどうすれば!」

千早P「それは…出来れば自分で考えて気付いて欲しい…」

千早「解りません!いつまでもこのままで居たくありません!」
悔しさのあまり千早の瞳からはポロポロと涙が零れだしていた。

千早P「…」

千早「何故ですか?」
睨むように見つめる千早にプロデューサーは改めて千早の実直さを実感した。

そして、力になってやりたくてもなってやれない自分を悔しくも思った。

千早P「それは…」
プロデューサーは口ごもった。

千早「答えて…応えてくれないんですか…?」

千早P「…すまない」

千早「くっ。解りました、もう結構です…。お疲れ様でした」
少し正気を失っているのか千早は急に反転して走り出そうとした。

千早P「ちょっと待っ!千早!俺は、千早が…」
プロデューサーの言葉も聞こえぬまま走り出した時。

グイッ

千早「っ!」
傍に這っていた何かのコードに思い切り足を引っ掛けてそのまま膝から突っ伏してしまった。

千早「…」

千早P「ちはやーーーーーーーっ!」
プロデューサーの声にビクッと体を震わせ振り返ると同時に千早は突き飛ばされていた。

千早「きゃっ!」
着地して目を開いたその瞬間

ゴッ

と硬いものがぶつかる音がした。

千早「っ!?」
千早は驚きのあまり口を手で覆った。

黒く四角い物体がプロデューサーの頭部に落下してきたのを目の当たりにした。

衝撃のせいかプロデューサーはそのまま仰向けに横たわって自分では動けなかった。

千早「プ…ロ、デューサー?」
千早はよろよろと力なくプロデューサーに歩み寄った。

プロデューサーの傍に座りプロデューサーの頭を手で持ち上げた時、ぬめり気のある液体が千早の手を濡らした。

ドクッ ドクッ と一定の間隔で流れ出る液体は瞬く間に千早の手を赤く染め上げた。

千早「あ…あ、ぁ…」
膝の上に頭を乗せた時、ほんの少しプロデューサーの瞳が開いた。

千早「プロデューサー!」
震える手で千早の頬に手を伸ばす。

プロデューサーは口端を少し上げた。

伸ばした手が力なく床に落ちる。

そして再び動かなくなった。

千早「プロデューサー、プロ…デューサぁ…嫌です。いやっ…」
千早はプロデューサーを抱え込むようにして泣き崩れていた。

気が動転して何をして良いのか解らなかった。

ただただ哀しさだけが込み上げていた。

ふと視線を上げたとき、プロデューサーが愛用している手帳が落ちているのに気付きそれを拾い上げた。

千早「プロ…デューサー…」
不意に電子音が流れ出した。

千早「っ!?…ぐすっ。で…んわ!?」
千早のポケットからその音は漏れていた。

千早「千早…です」

美希P「んなっ!千早?様子がおかしいけど、何かあっ…」
懐かしい声に千早は安堵を覚えたせいか、溢れ出る涙と一緒にまくし立てた。

千早「プロ…デューサー!プ…ロデューサーが、ぐすっ。プロッ…サーが…!血がっ、頭に…」
美希のプロデューサーは断片的に話す千早の言葉にただならない事が起きてる事だけは理解できた。

美希P「落ち着け!千早。お前しか居ないんだ!」
怒鳴られて千早は少し正気を取り戻した。

千早「は…い」

美希P「今何処にいる?」

千早「事務所の…ボーカルレッスン…です」
ひきつけを起しかけているのか千早は上手く喋る事が出来なかった。

美希P「ボーカルレッスン室だな、解った。とりあえず救急車を手配するからな。俺達もすぐ行くから!」
美希のプロデューサーはそれだけ言うとすぐに電話を切った。

それから数分後、美希と美希のプロデューサーがボーカルレッスン室に辿り着いた。

美希「千早さん!」
美希P「千早!」
着いた瞬間、二人は異様な光景に目を疑った。

横たわるプロデューサーを膝枕して手を赤く染めて泣き崩れている千早、転がっている小さめのアンプ、漂う鉄分の匂い

千早「み、き?プロデューサー?」
千早が気付くと二人は我に返って千早に駆け寄った。

美希「千早さん!」
千早の変わり様と無残なプロデューサーの光景を目の当たりにした美希は既に瞳に涙を溜めていた。

美希P「千早!」

千早「プロ…デューサ…ごめ、なさい…血が、止まら…くて。押さえて…。わた、しのせいで…」
千早が押さえていた所を代わりに押さえてみると血は髪に張り付いて固まり始めていた。

美希P「大丈夫、大丈夫だよ。千早。血は固まって来てるから、息もしてるし。きっと助かるから!」
それから数分後、救急車のサイレンの音が近づいてくるのが聞こえてきた。

美希P「やっと来たな、案内してくる。美希、頼むぞ」

美希「うん!千早さん、もう大丈夫だよ!救急車来たから、一緒に行こう?」
美希「起きた時に千早さんが居なかったらプロデューサー寂しいって思うと思うな、ね?」
美希が励ます中、ガラガラと担架を引く音が聞こえてきた。

救急隊員「すいません、ちょっと離れていてください」
千早が抱えていた部分を交代するように隊員は支えると他の隊員に掛け声をかけた。

救急隊員「移します。3、2、1、はいっ!」
手際よくプロデューサーの体を担架に移すと救急隊員達はそのまま担架を引いて救急車に向かった。

千早は美希と美希のプロデューサーと共に救急車に乗り込んだ。

担架に横たわるプロデューサーに簡易的な措置とは言え仰々しく医療器具が取り付けられている。

心電図、呼吸器、輸血用の点滴…。

そんな中、一人の救急隊員が状態を細かくチェックして搬送先の病院に伝えている。

一頻り伝え終えると隊員は少し微笑んだ。

救急隊員「頭部を打撲していて重症ではありますが、命に別状は無さそうです」
その言葉に一同はほっと胸を撫で下ろした。

美希「良かったね!千早さん」
美希の言葉が聞こえていたかどうかは解らないまま緊張の糸が切れたのか千早も気を失っていた。

 SS寄り 

美希「や!一緒に居る!」

美希P「頼むから言うことを聞いてくれ…」

美希「一緒に居るの…今日だけでいいから、居させて?ね、ハニー。おねがいだからっ」

美希P「とりあえず訳を聞かせてくれ…」

美希「だって…」
少し寂しそうに美希は呟いた。

美希「千早さん、仲間だもん。美希の希望も一緒に歌ってくれてるもん?それに…」

美希P「それに?」

美希「ミキも同じ様な事、あったよね…。ハニーが居なかったらミキ、もう居ないかも知れなかったし」

美希P「美希…」

美希「あの時、ハニーが運ばれて待ってる時。すごい心細かった。ミキのせいでって、ずっと自分を責めてた…」

美希P「…」

美希「だから、千早さんが起きたときに自分を責め過ぎないように傍に居てあげたい…」
美希「千早さん真面目だからミキよりもっと自分を責めちゃうと思う…」
美希「千早さんのプロデューサー、ハニーの時より重症っぽいもん…だから千早さん…」
美希の言葉にプロデューサーは深く溜息を吐いた。

美希P「はぁ、わかったよ。今日は一緒に居てもいいよ」

美希「ホント!?」

美希P「言っても聞かないだろ?」

美希「ハニーがどうしてもダメって言うなら…聞く、よ…」
悲しそうな顔で美希が言うとプロデューサーは慌てて撤回した。

美希P「ダメって言わないから安心していいよ。そのかわり今日だけだぞ?」
美希P「起きても起きなくても明後日からのスケジュール解ってるよな?」
その言葉に美希はニコリと微笑んだ。

美希「今日だけでいいよ!美希が居てあげられなかったら違う子に居てもらうようにする!いいよね?」

美希P「その違う子が空いてれば、な」